突然ですが、皆さんにとって「プロバイダ」ってどんな存在ですか?

ネットライフに欠かせないもの、よく分からないけど必要なもの・・・などなど、人によって答はさまざまかもしれません。が、ひとつハッキリ言えることがあります。

それは、プロバイダの登場によって、間違いなく多くの人々の世界が広がり、世界が近くなったということ!

ではそもそもプロバイダとは何なのか、どこがそんなに画期的だったのかを、当時に思いを馳せながら解説していこうと思います!

プロバイダってそもそも何?

プロバイダの正式名称は、インターネット・サービス・プロバイダ(Internet Services Provider=ISP)。その名の通り、インターネット接続サービスを提供する組織のことです。プロバイダと契約して初めてインターネットに繋がります。

具体的に、プロバイダは何をしてくれるのかというと、パソコンに固有の識別番号(IPアドレス)を割り当ててくれます。電話をするとき、その電話には必ず個々の番号があり、海外に旅行するのには必ずパスポート番号が必要なのと同じで、ネットに繋げて情報を送受信するにも、パソコンが個々の番号を持っている必要があるわけです。

いつ頃生まれたものなの?

世界初の商用プロバイダと言われているのは、アメリカで1987年にサービスを開始し、1989年に正式に商用化されたUUNETです。

日本では、1992年にインターネットイニシアティブ(IIJ)がプロバイダ事業をスタート。同年にNifty-Serve(現ニフティ)もインターネット接続サービスを開始し、その後パソコン通信事業者が少しずつ参入を始めます。

実はBIGLOBEも、この頃にプロバイダ事業を開始した老舗プロバイダの一つなんですよ!

プロバイダはここがスゴかった

では、当時プロバイダのどんなところが画期的だったのでしょう? プロバイダの歴史、それは言い換えるとインターネットの歴史です。というのも、プロバイダが登場するまで、インターネットは一般家庭で使えるものではなかったから。

「一般家庭が契約した電話会社の回線をインターネットに接続するサービス」をプロバイダが提供し始めたことで、誰もがネットを使えるようになり、世界中のサーバーの中にあるコンテンツやサービスが利用できるようになったのです。

プロバイダが登場する前はパソコン通信が盛り上がっていた

インターネットが使えるようになる前には、パソコン通信なるものがありました。前述のNifty-Serve、BIGLOBEの前身PC-VAN、さらにアスキーネットなどが代表的なパソコン通信サービスです。ワタシもPeopleでパソ通をエンジョイしていました。

なにせまだインターネットが普及していなかった時代。普段の生活では出会えないさまざまな年齢や職業の人たちと知り合えたり、周りに話せる相手がいなかった音楽や映画のことなどを語り合えたりできる楽しさは、とんでもなく刺激的でした。

毎晩、テレホーダイタイム(NTTの料金プラン。夜の11時から朝の7時までは何時間利用しても固定料金で済んだ)になるとパソコンに向かっていたこと、家族から「そろそろ電話したいんだけど」と文句を言われたことを思い出します(笑)。当時は携帯電話もまだそこまで普及していなかったので電話回線は取り合いだったんですよね・・・・・・。
※パソ通時代の思い出については「平成生まれには通じないパソコン通信あるある」もどうぞ!

プロバイダの登場で、世界中のコンテンツが閲覧可能に

そんな楽しかったパソコン通信ですが、弱点がありました。それは、サービス提供会社のサーバー内にあるコンテンツやサービスしか利用できなかったこと。

ところが、プロバイダが登場しインターネットが使えるようになったことで、世界中のコンテンツを楽しめるようになったんです!

パソ通が仲間の集まる隠れ家なら、インターネットは誰もが集える巨大な公園。動けるフィールドが一気に広がった! そんな感覚を持ったのを覚えています。

プロバイダの登場で、誰とでもメールが可能に

パソコン通信時代も、メールは使えました。ただ、やりとりできるのは、やはり同じ会社の通信サービスを利用している相手に限られていました。

ところが、プロバイダが登場し、インターネットが使えるようになったことで、世界中の電子メール利用者とメールを送り合うことが可能に!

多くのプロバイダは接続サービスの付随サービスとして電子メールアドレスも提供したため、プロバイダの普及によって一気に電子メールも普及したのです。

たとえば、海外に住む友達とも気軽に文字でやりとりができる。わざわざ高い国際電話を使わなくても、届いたかどうか常に不安なFAXを使わなくても、ポーンと送れて、タイミングによってはポーンとすぐに返事が返ってくる。これはスゴイ! 今では当たり前のことですが、世界が近くなった気がして感動したものです。

ドイツから帰国して逆カルチャーショックに悩んでいた高校時代、ドイツに住む親友に手紙を書いてエアメールで送り、何週間後かに返事の手紙が届き・・・・・・といった経験をしていた身としては、一瞬でメールが相手に届く時代がその10数年後にやって来るなんて想像もしていませんでした!(お悩みメールは相手からしたら、ゆっくり届くくらいでちょうどよかったかもしれませんが・笑)

メールアドレスも自由に選べるようになった

プロバイダの登場によって、メールアドレスも自由な文字列で取得できるようになりました。

「え、昔は自由じゃなかったの?」と驚く人もいるかもしれませんが、パソコン通信時代はサービス会社が決めた英数字の羅列、つまり意味のなさない記号のようなメールアドレスしか使えなかったのです。携帯電話の契約をした際についてくるメールアドレスのような感じですね。

「@の前に好きな文字をつけていいんだ! 何にしよう?」とワクワクしたときのことは、今でも覚えています(そしてそのメールアドレスは今でも使っています・笑)。

個人でウェブサイトを持てるようになった

プロバイダの登場により、個人でウェブサイトを持つこともできるようになりました。

自分でhtmlを書いてサイトを作成する人もいましたが、専門知識がない人でも開設することは可能でした。というのも、BIGLOBEを含む一部のプロバイダは、付随サービスとして自分のホームページ(今でいうウェブサイト)や掲示板を持つことができるサービスを提供していたからです。

今はブログを開設すると、自動的にアクセス解析サービスがついていますが、当時のホームページには当然そんなものはなかったので、自分でアクセスカウンタをつけたり、キリ番を踏むとお祝いの絵やメッセージが表示されるキリ番カウンタを設置したりしたものです(なつかしい・・・)。

プロバイダが登場した時代を振り返って

この記事を書きながら、そういえば個人の掲示板って、とんと見なくなったな・・・と気付きました。掲示板がなくても、ブログのコメント機能やSNS、LINEなどで簡単にやり取りできるからですよね。今は誰もが、知ってる人とも知らない人とも簡単に気軽にコミュニケーションが取れる時代なんだなぁと改めて感じます。

でも、簡単に、当たり前にできてしまうからこそ、「SNS疲れ」「LINE疲れ」なんて言葉も生まれるわけで。それに比べると、プロバイダが登場した頃って、何かができるようになるたび感動があって、情報の伝わる速さもコミュニケーションの頻度も今に比べるとほどほどで、もしかしたらとても幸せだったのかも・・・・・・?

と、思わず懐古主義的メランコリズムに陥りかけましたが、それこそが恵まれた今のネット環境に慣れきってしまっている証拠かもしれません。プロバイダの登場でインターネットが自由に使えるようになり、取得できる情報、使えるツールなど選択肢が増えたことは純粋に素晴らしいこと。その中から、自分に必要なもの、自分に合った使い方などを取捨選択していく時代になったんですよね。

パソ通、インターネット、そしてそれらをスマホから手元で楽しめる時代を経験してきましたが、今も、モノ・コト・ヒト、たくさんの出会いに恵まれ、間違いなく幸せです!それを支えてくれているプロバイダさん、これからもよろしくお願いします!

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ダヨリン(ヨダエリ)

パソコン通信からネットに親しみ、ユーザー視点に立ったデジタル活用術の記事を『日経新聞』『日経ネットナビ』など多数の媒体で手がける。「イマ・ヒト・ココロ」が執筆テーマで、恋愛アナリストとしての著書も。思春期はドイツ在住。好物はお茶とROCK。 ⇒ダヨリン普通日記

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