宮崎駿監督による最後の長編として、この夏最大の話題作となった映画『風立ちぬ』。作品で描かれた天才的航空技術者 堀越二郎が『零式艦上戦闘機(ゼロ戦)』の初飛行を成功させたのは1939年のことであった。

その約150年余り前、1785年(江戸時代中期)の岡山藩で、空を目指した日本人の元祖とも言える、浮田幸吉の「初フライト」が行われたと、記録に残っている。

幸吉は橋の欄干から手製の翼を付けて滑空した。残念ながら落下に近かったとも言われるが、とにかく飛んだのだ。しかし、岡山藩に取り押さえられ、挙げ句追放されてしまう。「おかしなことをしている不届き者」といったところか。当時、それほどまでに空を飛ぶという行為は奇怪であり、文字通り"とんでもない"ことだった。

次に日本の航空史に大きな足跡を残したのは、幸吉から100年後、独力で飛行機開発を目指した二宮忠八である。

幼い頃から物理や化学の本を読みふけり、空への憧れも強かった忠八は、軍隊所属時代にゴム動力の四枚羽プロペラ機を制作し、飛行に成功する(1891年)。

日清戦争時には飛行機の有用性を上官に訴えた。ライト兄弟の初飛行より早く動力付き有人飛行機を夢見て、実際に行動に起こした人物なのである。しかし彼の挑戦も大して注目されず、世界初の航空機開発の構想は、日の目を見ずに終わった。

その後、飛行機技術で欧米に先んじられていた日本が遅れを取り戻し、世界と互角に渡り合うためには、第二次世界大戦の時代、すなわち『風立ちぬ』の時代を待たなければならなかった。

国産ジェット機やロケットが話題にのぼる今の日本は、かつて空を夢見た先人たちの目に、どう映るだろうか?

日本航空史 黎明と発展

1785年頃 浮田幸吉 滑空飛行に成功
1893年 二宮忠八 玉虫型飛行器の模型を製作

模型は1954年に英国王立航空協会に展示され、「ライト兄弟以前に飛行機の原理を発見した人物」と紹介されたという。

1910年 日本初の動力飛行

日本陸軍の徳川好敏大尉と、日野熊蔵大尉が、輸入した複葉機で、日本初の動力飛行に成功。

1938年 周回航続距離世界一を達成

東京帝国大学と陸軍の開発による「航研機」が世界記録を樹立。日本航空史で唯一の公式記録。

1939年 零式艦上戦闘機 初飛行

4月、堀越二郎設計による『ゼロ戦』の試作機が、岐阜県の陸軍各務原飛行場で初飛行を果たす。

1962年 初の国産旅客機『YS11』完成

堀越二郎など花形技術者が結集して作られた。


※この記事は「サーイ・イサラ」から転載しています。

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有賀久智(あるがひさとも)

元サーイ・イサラ編集部員。写真好き・カメラ好きのくせに、最近はすっかりスマホ×Instagramでのスナップショットで満足してしまっている。モットーは「サービス精神」。

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